急に忙しくなる
以前、プレイヤーとして複数案件を掛け持ちしていたことがある。
普段は相手の返事待ちで、そこまで忙しくない。でも、返事が同時に返ってくると一気にパンクする。自分がやらないと案件が進まない。優先順位をつけて捌くが、後回しにした案件の相手は待たされる。
当時は「忙しい時期が重なった」くらいにしか思っていなかった。自分がチーム全体の流れを止めているという認識はなかった。
ボトルネック理論
エリヤフ・ゴールドラットは「制約理論 (TOC) 」で、全体のアウトプットは一番遅い工程で決まると指摘した。どれだけ他の工程を速くしても、ボトルネックが変わらなければ全体は速くならない。ボトルネックの前に仕掛品が溜まるだけだ。
工場の生産ラインなら、仕掛品が溜まっている場所を見ればボトルネックがわかる。しかし知識労働では、仕掛品は目に見えない。メールの未返信、レビュー待ちのドキュメント、承認待ちの案件。こうした「見えない仕掛品」がどこかに溜まっている。
波があるから気づけない
自分のケースでは、ボトルネックの特定がさらに難しかった。常に詰まっているなら気づきやすい。でも、普段は待ち状態で忙しく見えない。返事が重なったときだけ急にボトルネックになる。波があるから、周りも気づかない。本人も「たまたま忙しい」としか思わない。
根本の原因は、自分の担当の作業が複数案件にまたがっていたことだ。1案件だけなら問題にならない。でも掛け持ちしていると、タイミング次第で同時に処理が集中する。
優先順位をつけて捌くことで、目の前の渋滞は解消できた。でも構造は変わっていない。次にまた返事が重なれば、同じことが起きる。本当の解決は、自分を通らなくても案件が進む状態を作ることだった。他の人にスキルを移転し、自分がボトルネックでなくなる仕組みにした。
マネージャーとして見ると
この経験があるから、今チームを見るときに気づけることがある。
「あのメンバー、複数案件を掛け持ちしていて、ときどき急に忙しくなっていないか」「特定の人の処理待ちで他のメンバーが止まっていないか」「本人は頑張って捌いているが、構造的に無理がないか」。
ボトルネックは本人が一番気づきにくい。忙しいときは目の前を捌くのに必死で、自分が全体を止めているとは思わない。むしろ「自分は頑張っている」と感じている。実際に頑張っている。でも、頑張りで解決できるのは一時的な渋滞だけで、構造は変わらない。
それを外から見つけるのがマネージャーの仕事だ。
ボトルネックは刻々と変わる
ただし、一度見つければ終わりではない。ボトルネックは刻々と変わる。ある時点では問題なかったメンバーが、翌週には複数の案件が重なってパンクしていることがある。ある時点のスナップショットだけでは見えない。
だから、こまめに状況を確認するしかない。「今、何が詰まっているか」を定期的に把握する。これは進捗管理とは少し違う。進捗管理は「予定通りか」を見る。ボトルネックの把握は「どこで流れが止まっているか」を見る。
もう一つ、意識していることがある。締切の「厳格さ」をメンバーに共有することだ。
案件にはそれぞれ、理想の締切と、現実的に許容できる締切がある。この2つの間にどれくらいの幅があるかは、案件によって違う。
以前、部下に「その案件は多少遅れても大丈夫」と伝えたことがある。部下はすべての案件を同じ緊急度で抱えていて、パンクしかけていた。「遅れていい」と伝えた瞬間、目に見えて余裕ができた。優先すべき案件に集中できるようになった。
この経験から思ったのは、締切の許容幅はマネージャーの頭の中にしかないことが多い、ということだ。メンバーがそれを知らなければ、全部同じ優先度で捌こうとする。あるいは、判断できないからマネージャーに聞きに来る。それ自体がボトルネックを生む。理想の締切と、許容できる締切。この2つを共有しておけば、メンバーは自分で優先順位をつけられる。返事が同時に来ても、何から手をつけるか自分で判断できる。マネージャーを通さずに流れを調整できる。
ボトルネックは、解消するだけでなく、生まれにくい仕組みにすることが大事だ。
あなたのチームで、特定の誰かの処理待ちで止まっている仕事はないだろうか。
そしてその人は、自分がボトルネックになっていることに気づいているだろうか。
1. 全体のアウトプットはボトルネックで決まる
全員が忙しくても、一番遅い工程が変わらなければ全体は速くならない。ボトルネックは本人が一番気づきにくい。波があるとさらに見えにくい。外から見つけるのがマネージャーの仕事。
2. ボトルネックは解消するだけでなく、生まれにくくする
こまめに「どこで流れが止まっているか」を確認する。理想の締切と許容できる締切をメンバーに共有すれば、メンバーが自分で優先順位をつけられる。マネージャーを通さずに流れを調整できる状態を作る。
もう少し深く知りたい人へ
制約理論 (Theory of Constraints) は、イスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラットが提唱した理論だ。1984年に出版されたビジネス小説『ザ・ゴール』で紹介され、世界的なベストセラーとなった。日本では長らく翻訳が出なかったが、2001年にようやく邦訳が出版された。ゴールドラットが「日本企業は部分最適に陥りやすいから、この本を読んで全体最適を理解してから出版してほしい」と翻訳を許可しなかったという逸話がある。
ゴールドラットはボトルネック解消のために5つのステップを提唱している。(1)ボトルネックを特定する、(2)ボトルネックを最大限活用する (無駄な待ち時間をなくす) 、(3)他のすべてをボトルネックに従わせる、(4)ボトルネックの能力を上げる、(5)ボトルネックが解消されたら次のボトルネックを探す。
本文で触れた「波があるボトルネック」は、知識労働に特有の難しさだ。製造業のボトルネックは比較的安定している。同じ機械が常にボトルネックであることが多い。しかし知識労働では、案件の組み合わせやタイミングによってボトルネックが移動する。今週のボトルネックが来週は解消され、別の場所に現れる。だからこそ、一度の分析ではなく、こまめな確認が必要になる。
また、ゴールドラットの重要な指摘の一つに「全員を忙しくさせることは全体最適ではない」というものがある。ボトルネック以外の工程が全力で稼働すると、ボトルネックの前に仕掛品が溜まるだけで、全体のアウトプットは増えない。むしろ仕掛品の管理コストが増える。マネジメントの常識では「全員が忙しい=効率的」と思いがちだが、制約理論はこの直感に反する。重要なのはボトルネックの稼働率であって、全員の稼働率ではない。
参考文献
- エリヤフ・ゴールドラット 『ザ・ゴール——企業の究極の目的とは何か』