匿名の方が意見は集まる
意見を集めるとき、対面の会議よりもアンケートの方が多様な意見が出た経験がある。しかも、匿名の方が出やすかった。
考えてみれば当然だ。対面だと、最初に発言した人の意見に引っ張られる。「自分もそう思います」で終わることが多い。本当にそう思っているのか、同調しているだけなのか、区別がつかない。
匿名なら、誰が言ったかを気にせず書ける。対面では言いにくいことも書ける。結果として、集まる意見の幅が広がる。
集合知が機能する条件
「みんなの意見を集めれば正解に近づく」という考え方がある。集合知だ。ジェームズ・スロウィッキーは著書の中で、集団の判断が専門家の判断を上回る事例を紹介している。
ただし、集合知が機能するには条件がある。意見の多様性、各自の独立性、分散化だ。つまり、各自が独立して考えた上で集めると精度が上がる。
問題は、会議やブレストではこの条件が簡単に崩れることだ。声の大きい人が先に話す。他のメンバーはそれに影響される。独立性が失われる。同調圧力がかかり、多様性も失われる。意見を集めているつもりで、実は最初の発言を追認しているだけになる。
さらに厄介なのは、議論の流れができてしまうと、それを覆して別の意見を言うのが難しいことだ。流れに逆らう発言は労力がいる。「もう方向性が見えているのに今さら」という空気もある。結果として、早い段階で出た意見が議論全体を支配する。
発言の順番を設計する
全員が発言できるようにすること自体は大事だ。黙っている人の中に、良いアイデアがあるかもしれない。
意識しているのは、意図的に発言していない人にも振ることだ。ただし、順番も大事だと感じている。最初の発言にはアンカリング効果がある。最初に出た意見が基準になり、後の発言がそれに引っ張られやすい。
対策として有効だと感じるのは、まず各自が個人で考える時間を取ってから共有することだ。いきなり議論を始めない。付箋に書く、チャットに投稿する、事前にアンケートで集める。形式は何でもいい。大事なのは、他人の意見を聞く前に自分の考えを持っておくことだ。これだけで独立性はある程度保てる。
意見を聞くことと意思決定は別
もう一つ大事だと思っているのは、意見を集めることと意思決定を分けることだ。
ビジネスの場面で多数決で決めるメリットは、あまりないと思っている。多数決は「全員が同じ重みで判断する」仕組みだが、現実には情報量も専門性も責任の重さもメンバーごとに違う。
意見は広く集める。でも、最終的な判断はリーダーがする。集めた意見と違う判断をすることもある。リスクが大きいと判断して、現場の希望とは違う方向に決めたことがある。そのときは、なぜそう判断したかを丁寧に説明した。
全員の合意を目指すと、誰も反対しない無難な結論に着地しやすい。それは最良の判断ではなく、最も摩擦の少ない判断だ。
意見を出す側の信頼
自分が部下の立場だったときは、意見を聞かれて採用されなくても、あまり不満を感じなかった。
必要な情報や意見はすべて伝えた。その先の判断は上司の責任だと思っていた。自分より経験が多い人が、自分には見えない視点を含めて判断している。きっと適切な意思決定をするだろうという信頼があった。
この信頼関係が成り立つには、2つの前提がいる。一つは、意見を出す側が「自分の役割は情報と意見を伝えることだ」と理解していること。もう一つは、リーダーが「聞いた上で判断した」と説明できることだ。意見を聞かずに決めるのではなく、聞いた上で違う判断をした。その違いは大きい。
「全員の意見を聞いた」と「全員で決めた」は違う。聞くことは情報収集だ。判断は、その情報をもとにリーダーが行う。聞いた意見のすべてを反映する必要はない。でも、聞いたことには意味がある。
意見を集めるとき、最初の発言に引っ張られていないだろうか。
そして、「みんなの意見を聞く」と「みんなで決める」を混同していないだろうか。
1. 集合知は集め方で決まる
対面でいきなり議論すると、最初の発言に引っ張られる。まず個人で考えてから共有する。匿名で集めるのも有効。独立性を保つ工夫が、意見の多様性を守る。
2. 意見を聞くことと意思決定を分ける
意見は広く集める。最終判断はリーダーが責任を持ってする。集めた意見と違う判断をすることもある。大事なのは「聞いた上で判断した」と説明できること。意見を出す側も「伝えるのが自分の役割、判断は上司の責任」と理解していれば、信頼関係の中で回る。
もう少し深く知りたい人へ
集合知の概念を一般に広めたのは、ジェームズ・スロウィッキーの著書『「みんなの意見」は案外正しい』(2004年)だ。スロウィッキーは、集団の判断が専門家の判断を上回る条件として、多様性、独立性、分散化、そして意見を集約する仕組みの存在を挙げている。
本文で触れた「最初の発言に引っ張られる」現象は、心理学ではアンカリング効果や情報カスケードとして知られている。情報カスケードとは、最初の数人の判断に後続の人が追随し、結果として集団全体が同じ方向に流れる現象だ。これが起きると、集合知の前提である独立性が崩壊する。
ブレストの有効性については議論がある。心理学者のポール・パウルスらの研究では、対面のブレストよりも、個人で考えてから集める方が、アイデアの質も量も高いことが示されている。対面ブレストでは、他者の発言を聞くことによる認知的な干渉、発言の順番待ちによる生産性の損失、社会的な抑制が働くためだ。
本文で触れた「リーダーが判断する」アプローチは、意思決定理論では「相談型意思決定(consultative decision making)」と呼ばれる。情報は広く集めるが、最終判断は一人が行う。ヴルームとイェットンの意思決定モデルでは、問題の性質に応じて独断、相談、合議を使い分けることが推奨されているが、多くのビジネス判断において相談型が有効だとされている。
参考文献
- ジェームズ・スロウィッキー 『「みんなの意見」は案外正しい』
- Paulus, P. B., & Nijstad, B. A. (2003). Group Creativity: Innovation through Collaboration. Oxford University Press.