ベンダー選定の会議が終わった後、こんな会話をしたことはないだろうか。
「どうだった?」「まあ、予想通りですね」
評価軸を決め、複数社を比較し、点数をつけた。プロセスはきちんと踏んでいる。でも振り返ると、比較表を作る前から結論は見えていた。問題は、そのとき誰もそれを口にしないことだ。
確証バイアスという落とし穴
人には自分の仮説を裏付ける情報ばかり集め、反証を軽視する傾向がある。心理学では「確証バイアス」と呼ばれる。厄介なのは、評価軸を決めて比較表を作っても、このバイアスは消えないことだ。むしろ「ちゃんと比較した」という事実が安心材料になり、疑うことをやめてしまう。
あるベンダー選定の話
クラウドシステムの導入プロジェクトで、私はベンダー選定を担当した。
本命は最初から決まっていた。以前から付き合いのあるA社だ。上司の意向もあったし、チーム内でも暗黙の了解になっていた。
とはいえ、プロセスはきちんと踏んだ。評価軸を決め、複数社を比較し、点数をつけた。結果は「やはりA社が最適」。みんな薄々わかっていたことを、数字で確認した形だ。
問題は導入後に表面化した。必要な機能が足りなかったのだ。結局、途中でベンダーを変えることになった。数ヶ月分の作業がやり直しになり、スケジュールは大幅に遅延した。
気づいていたのに、言えなかった
振り返ると、兆候はあった。
選定の途中で違和感を覚え、「この機能、本当に大丈夫か?」と指摘したことがある。しかし「他社との比較結果ではA社が上です」と返され、それ以上言えなかった。評価軸に基づいた数字を示されると、反論が難しい。
腑に落ちない部分はあった。でも、「自分としてはやることはやった」と思ってしまった。
本命ありきで進んでいることは、みんな気づいていたと思う。でも、会議で「本当にA社でいいんですか」とは誰も言わなかった。私も言わなかった。波風を立てたくなかったし、言ったところで変わらないだろうと思っていた。
評価結果という「正しいプロセス」が目の前にあると、疑問を口にしにくくなる。プロセスを踏んだことが、むしろ異論を封じる道具になっていた。
月曜から試せること
同じ失敗を繰り返さないために、有効だと思うのが「悪魔の代弁者」を置くことだ。
悪魔の代弁者とは、あえて反対意見を述べる役割のこと。本命の欠点を探し、「この選定は本命ありきになっていないか」を問いかける。役割として指名されているからこそ、空気を読まずに発言できる。
ポイントは、PMや上司が選定会議の前に指名することだ。自発的に「私が反対役をやります」と言い出すのは難しい。だからこそ、責任者が意図的に役割を割り当てる必要がある。
指名された人の仕事は、本命を否定することではない。「評価軸の外で決まっていることはないか」「見落としている欠点はないか」を問いかけることだ。その問いかけが一つあるだけで、比較が「確認作業」になるリスクは減る。
比較表を作ること自体は正しい。ただ、プロセスを踏んだからといって、バイアスが消えるわけではない。
あなたの次の選定会議で、「本当にこれでいいのか」と言える人は誰だろうか。
もう少し深く知りたい人へ
確証バイアスは、心理学者ピーター・ウェイソンが1960年代に行った「2-4-6課題」で広く知られるようになった。被験者は「2, 4, 6」という数列のルールを当てるよう求められる。多くの人は「偶数が増えていく」という仮説を立て、それを確かめる数列 (8, 10, 12など) ばかり試す。実際のルールは単に「増加する数列」なのだが、自分の仮説を反証する数列 (例: 1, 2, 3) を試す人は少ない。
このバイアスは知性や経験に関係なく起きる。むしろ専門性が高い人ほど自分の判断に自信を持ちやすく、バイアスに気づきにくいという研究もある。
悪魔の代弁者 (Devil’s Advocate) は、もともとカトリック教会で聖人の認定審査において反対意見を述べる役割を指した言葉だ。組織の意思決定では、集団浅慮 (グループシンク) を防ぐ手法として活用されている。アーヴィング・ジャニスは、ケネディ政権のピッグス湾侵攻の失敗を分析し、優秀な人材が集まっても集団浅慮に陥ることを示した。意図的に反対意見を述べる役割を設けることで、同調圧力に流されるリスクを減らせる。
参考文献
- ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』
- アーヴィング・ジャニス『集団浅慮』