会議の合間に仕事ができない
会議が断片的に入っている日は、ほぼ仕事にならない。
カレンダーを見ると、隙間は確かにある。30分、45分、1時間。足し合わせれば、それなりの時間だ。でも、この隙間でまとまった仕事ができるかというと、できない。
30分しかないと、30分で終わる仕事でも手をつけられない気がしてしまう。「すぐ次の会議だし」と思うと、集中に入る前に時間が来る。メールの返信くらいならできる。でも、考える仕事、まとめる仕事、設計する仕事は、この隙間ではできない。
会議が早く終わって「皆さんに時間をお戻しします」と言われても、ありがたいが、戻された15分でまとまった仕事はできない。
コンテキストスイッチのコスト
コンピュータ科学に「コンテキストスイッチ」という概念がある。CPUが複数のタスクを切り替えるとき、現在のタスクの状態を保存し、次のタスクの状態を復元する必要がある。この切り替え自体にコストがかかる。
人間も同じだ。会議から作業に切り替えるとき、頭の中を「会議モード」から「作業モード」に切り替える必要がある。さっきまで議論していた内容を一旦忘れ、作業の文脈を思い出し、どこまでやっていたかを確認する。この切り替えに時間がかかる。
研究によれば、中断された後に元のタスクに完全に集中し直すまでには、想像以上に時間がかかるとされている。30分の隙間があっても、切り替えに時間を取られたら、実質的な作業時間はわずかだ。
だから、カレンダー上の隙間と実際に使える時間は一致しない。隙間が3時間あっても、30分×6回に分断されていたら、まとまった仕事はほとんど進まない。
集中時間を守る
コンテキストスイッチを完全になくすことは難しい。ただ、せめて集中できる時間帯を守ることはできる。
午前中にはなるべく会議を入れないようにしている。午前中にまとまった仕事を進められると、午後に多少会議が続いても気にならない。逆に、午前中から会議が詰まっていると、一日中追われている感覚になる。
カレンダーに作業ブロックを確保するのも一つの手だ。ただ、現実には急ぎの仕事が入ってくる。ブロックしていても割り込まれることはある。完璧には守れない。でも、ブロックがなければ隙間なく会議が埋まる。100%ではなくても、やらないよりはましだ。
チームや組織でやるなら、ノー会議デーも効果的だ。週に一日、全員が会議を入れない日を作る。個人のブロックは割り込まれるが、チーム全体のルールなら守りやすい。
2種類のコンテキストスイッチ
コンテキストスイッチには2種類ある。
一つは計画的な切り替え。会議が入っている、次のタスクに移る。予定されているから、中断する前に状態を保存できる。メモを残す、ドキュメントを開いたままにする。復元コストを下げる工夫ができる。
もう一つは意図しない切り替え。こちらの方が厄介だ。
集中して作業しているときに、上司からチャットが来る。すぐ返さなくても、「何か来た」と気づいた時点で集中は切れている。内容を確認する。返信を考える。戻ろうとするが、さっきどこまでやっていたか思い出すのに時間がかかる。
ブラウザも同じだ。調べ物をしようと開いたら、会社のポータルに通知が来ている。つい見てしまう。見ているうちに、そもそも何を調べようとしていたのか忘れる。
意図しない切り替えは、状態を保存する暇がない。自分の意思で切り替えたのではなく、引っ張られて切り替わってしまう。だから復元コストが高い。
切り替えコストを下げる
計画的な切り替えに対しては、コンピュータの「状態を保存し、復元する」仕組みが参考になる。
会議に入る前に、作業中のデスクトップはそのままにしておく。ドキュメントは閉じない。中断する前に「どこまでやったか、次に何をするか」を一行だけメモしておく。
戻ってきたときの復元コストが下がる。メモを見れば「ああ、ここまでやっていたな」とすぐに再開できる。
意図しない切り替えに対しては、引っ張られる導線を減らすことだ。集中したい時間帯はチャットの通知を切る。ブラウザのトップページをポータルから変える。些細なことだが、意図しない切り替えを減らす効果はある。
ただ、通知を切ることにも葛藤がある。上司からの急ぎの連絡を見逃すリスクがあるからだ。集中を守りたいが、重要な連絡に気づかないのも問題だ。どこまでを集中時間として、どこからは割り込みを受け付けるか。この線引きは正直、難しい。
マネージャーとしての視点
逆の立場で考えると、自分も部下の集中を壊しているかもしれない。
ちょっとした確認のつもりでチャットを送る。自分にとっては一瞬の作業だが、受け取った部下の集中は切れている。自分がされて嫌なことを、部下にしていないか。
コンテキストスイッチの問題は、本人だけの問題ではない。マネージャーが部下の集中を守る意識を持つことも大事だ。急ぎでないならチャットではなくメールにする。「今日中に返信ください」と書けば、相手は自分のタイミングで対応できる。些細な配慮だが、部下の集中時間を守る効果はある。
カレンダーの隙間は、本当に「使える時間」だろうか。
そして、自分のチャットが誰かの集中を壊していないだろうか。
1. コンテキストスイッチには計画的なものと意図しないものがある
計画的な切り替えは、中断前に状態を保存できる。メモを一行残すだけで復元コストが下がる。意図しない切り替えは、引っ張られる導線を減らすことで防ぐ。通知を切る、ブラウザのトップページを変える。
2. 自分が相手の集中を壊していないか
ちょっとした確認のチャットが、相手の集中を切っている。急ぎでないならメールにする、期限を明示する。自分の集中を守ると同時に、相手の集中も守る意識を持つ。
もう少し深く知りたい人へ
「コンテキストスイッチ」はもともとコンピュータ科学の用語で、CPUが実行中のプロセスを切り替える際のオーバーヘッドを指す。人間の認知にも同様のコストがあることは、認知心理学で広く研究されている。
カリフォルニア大学アーバイン校のGloria Markらの研究では、オフィスワーカーが中断された後、元のタスクに完全に戻るまでに平均23分15秒かかることが示された。また、中断が頻繁な環境では、ストレスレベルが上昇し、フラストレーションが増加することも報告されている。
本文で触れた「30分あっても手をつけられない」という感覚は、心理学では「タスク開始の障壁」として説明される。人は残り時間が短いと認識すると、認知的に「この時間では終わらない」と判断し、タスクへの着手自体を避ける傾向がある。実際には30分で十分な作業でも、次の会議までの時間的プレッシャーがタスク開始を妨げる。
マルチタスクの非効率性については、スタンフォード大学のClifford Nassらの研究が知られている。彼らは、日常的にマルチタスクを行う人ほど、注意の切り替えや情報のフィルタリングが苦手であることを示した。つまり、マルチタスクを「鍛えている」つもりでも、実際には認知能力が低下している可能性がある。
参考文献
- Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U. (2008). The Cost of Interrupted Work: More Speed and Stress. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, 107-110.