夕方になると頭が動かない

午前中は冷静に判断できる。技術的なレビューも、方針の意思決定も、頭がクリアに回る。

でも、夕方になると違う。頭が動かない感じがする。定型作業はできる。メールを返す、報告書を書く、手順通りに進める。でも、考える仕事——意思決定や技術的なレビュー——は厳しくなる。

打ち合わせでは他人の目があるから、なんとか耐えている。でも一人での作業になると、もう考える力が残っていない。

結局、消耗した状態で判断を下して、後から後悔することもある。帰り道に「もっといいやり方があったのに」と思いつく。頭の負荷が抜けた瞬間に、良い答えが浮かぶ。あのとき判断しなければよかった、と思う。

自我消耗

心理学者のロイ・バウマイスターは、意志力は有限のリソースであるという「自我消耗(Ego Depletion)」の概念を提唱した。

ここで言う意志力とは、気合いや根性のことではない。判断する、我慢する、集中する、感情をコントロールする。こうした認知的な活動に使われるリソースのことだ。

意志力は筋肉のようなものだ。使えば疲れる。一日の中で判断を繰り返すたびに、少しずつ消耗していく。小さな判断でも積み重なれば大きな消耗になる。

マネージャーの一日は判断の連続だ。部下からの相談に答える。承認する。会議で方向性を決める。調整する。メールに返信する。一つひとつは小さい。でも、それが朝から夕方まで続く。夕方に頭が動かなくなるのは、怠けているのではなく、リソースが尽きているからだ。

重要な判断を午前中に持ってくる

対策の第一は、消耗する前に重要な判断を済ませることだ。

午前中に重要な仕事をすることが多い。技術的なレビュー、方針の意思決定、設計の検討。頭がクリアな時間帯に、考える仕事を集中させる。

夕方に回すのは、定型作業やルーティンワーク。判断力がなくても回る仕事を後に回す。消耗の順序を意識するだけで、判断の質が変わる。

判断の回数を減らす

もう一つの対策は、そもそも判断の回数を減らすことだ。

毎回ゼロから考えていたら、消耗するのは当然だ。同じような判断を繰り返しているなら、ルールにしてしまう。「この条件ならこうする」と事前に決めておけば、そのたびに考える必要がなくなる。

たとえば、承認の基準を明確にしておく。部下からの依頼のたびに一から判断するのではなく、「この範囲なら承認」「この金額を超えたら相談」とルールを決める。判断をルーティンに変えることで、意志力の消耗を防げる。

すべてをルール化できるわけではない。突発的な問題、前例のない判断、人間関係の調整。こういうものは毎回考えるしかない。だからこそ、ルール化できるものはルール化して、意志力を温存しておく。本当に考えるべきことのために、リソースを残しておく。

消耗した状態で判断しない

それでも夕方に重要な判断を求められることはある。

そのとき意識しているのは、「今の自分は消耗している」と認識することだ。消耗していることに気づかないまま判断すると、質が落ちる。気づいていれば、「これは明日の朝に判断しよう」と先送りする選択ができる。

自分で気づけないなら、周りに気づいてもらうことも一つの方法だ。ただ、夕方には周りも同じように消耗している。消耗した人同士で判断の質をチェックし合っても、あまり機能しない。だからこそ、夕方の判断力に頼らないように、午前中に重要な判断を済ませておく仕組みの方が確実だ。

先送りは必ずしも悪いことではない。消耗した状態で出した判断より、回復した状態で出した判断の方がいい。帰り道に良い答えが浮かぶのは、脳が回復しているからだ。急ぎでなければ、あえて判断しない勇気も必要だと思う。

ただし、先送りが癖になると何も決まらなくなる。先送りしていいのは「急ぎでない」場合だけだ。緊急の判断は、消耗していてもするしかない。だからこそ、日常的に消耗を減らしておくことが大事になる。

回復の方法を持っておく

完全には戻らないが、ある程度の回復はできる。

オフィス内を歩いてリフレッシュする。コーヒーを淹れる。少し別のことをする。自分なりの回復ルーティンを持っておくと、消耗した状態からの立て直しが早くなる。

もう一つ大事だと思うのは、自分が何で消耗するかを知っておくことだ。会議の連続で消耗する人もいれば、細かい調整作業で消耗する人もいる。技術的な判断は苦にならないが、人間関係の調整で一気に消耗する人もいる。消耗のパターンは人によって違う。

自分のパターンがわかれば、消耗しやすい仕事の後に回復の時間を入れるとか、消耗する仕事を一日に集中させないとか、設計の仕方が変わる。

そして、しっかり休んで翌日に備えることも大事だ。意志力は一日の中で消耗するが、睡眠で回復する。翌朝のリソースを最大にするために、夜の過ごし方を意識する。消耗を前提にするなら、回復も前提にする。

夕方に下した判断は、朝と同じ質だろうか。

本当に考えるべきことのために、意志力を残せているだろうか。

月曜から試せるヒント

1. 重要な判断は消耗する前に済ませる

考える仕事は午前中に集中させ、定型作業は夕方に回す。消耗の順序を意識するだけで、判断の質が変わる。

2. 自分の消耗パターンを知り、回復の手段を持つ

何で消耗するかは人によって違う。自分のパターンがわかれば、消耗しやすい仕事の後に回復を入れる設計ができる。判断の回数はルール化で減らし、消耗した状態では急ぎでなければ判断を翌朝に回す。

もう少し深く知りたい人へ

自我消耗の概念は、ロイ・バウマイスターが1998年に発表した実験で広く知られるようになった。被験者にチョコレートの代わりにラディッシュを食べるよう我慢させた後、難しいパズルに取り組ませると、我慢しなかったグループよりも早く諦める傾向が見られた。意志力を使った後では、次のタスクでの自制心が低下するという結果だ。

ただし、自我消耗の概念には近年議論がある。2016年の大規模追試では、効果が再現されなかったという報告もある。意志力が本当に「有限のリソース」なのか、それとも「そう信じていると消耗しやすい」のかについては、研究者の間でも見解が分かれている。

とはいえ、実務上の実感として「判断を重ねると疲れる」「夕方に判断力が落ちる」は多くの人が経験している。理論的な厳密性はまだ議論中だが、「重要な判断を消耗する前に持ってくる」「判断の回数を減らす」といった実践的な対策は、自我消耗の理論を採用するかどうかに関わらず有効だ。

本文で触れた「判断の回数を減らす」は、バラク・オバマやマーク・ザッカーバーグが服装を固定していたことでも知られるアプローチだ。些細な判断を排除することで、重要な判断にリソースを集中させる。すべての人に服装の固定が必要なわけではないが、「判断をルーティンに変える」という考え方は、マネジメントにも応用できる。

参考文献

  • Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Muraven, M., & Tice, D. M. (1998). Ego Depletion: Is the Active Self a Limited Resource? Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252-1265.
  • Baumeister, R. F., & Tierney, J. 『WILLPOWER 意志力の科学』