ネガティブな感情を見せない
マネージャーとして、ネガティブな感情はあまり見せないようにしている。
イライラしていても、穏やかに振る舞う。不安があっても、ポジティブに見せる。上司が不機嫌だと、職場の雰囲気が悪くなる。部下は上司の表情をよく見ている。自分の機嫌一つで、チームの空気が変わることを知っているから、意識的に抑えている。
これは必要なことだと思う。チームが気持ちよく働ける環境を保つのは、マネージャーの仕事の一つだ。
ただ、抑え続けること自体がコストになる。
感情労働
社会学者のアーリー・ホックシールドは、表に出す感情を仕事の一部として管理することを「感情労働」と呼んだ。接客業だけでなく、マネジメントにも感情労働は含まれる。本心では焦っているが落ち着いた顔をする、腹を立てていても冷静に対応する、疲れていても明るく接する。こうした感情のコントロールは、目に見えにくいが確実にエネルギーを消費する。
感情労働が厄介なのは、労働の一部なのに労働として認識されにくいことだ。会議に出ている、資料を作っているという業務は目に見える。でも「イライラを抑えている」「不安を隠している」は見えない。周りからも自分からも、疲労の原因として認識されにくい。
吐き出し先が必要
抑え続けていれば、どこかで吐き出す必要がある。
自分の場合、吐き出し先はある。上司にも、同僚にも相談できる。仕事の内容以外のことなら、家族や友人に話すこともある。
ただ、吐き出し先にもそれぞれ制約がある。上司に見せすぎると、どう評価されるかが気になる。「この人、ストレス耐性が低い」と思われないか。同僚や部下に吐き出すと、別の心配がある。自分の愚痴が他の人にも伝わるのではないか。「陰で人の悪口を言う人」と見られるのではないか。
だから、誰に何を話すかは選ぶことになる。仕事の内容で込み入った話は同僚に、個人的な愚痴は社外に、と使い分ける。完全な吐き出し先は、どこにもない。吐き出すこと自体にも、気を使うことが多い。
意外と話しやすいのは、別部署の同期や同じ立場のマネージャーだ。利害関係がない。自分を評価する立場でもないし、自分が評価する立場でもない。それでいて、同じような状況を経験しているから、話が通じる。社内の直接の人間関係から少し離れた場所に、理解してくれる相手がいるのは心強い。
弱みを部下に見せる加減
もう一つの葛藤は、部下に弱みをどこまで見せるかだ。
常にポジティブで強いマネージャーは、一見頼もしい。でも、人間味がない。部下は「この上司には相談しにくい」と感じるかもしれない。自分が悩んだり迷ったりしたとき、弱みを見せない上司のところには行きにくい。
逆に、弱みを見せすぎると、頼りなく見える。「この上司で大丈夫か」と不安にさせてしまう。意思決定の場面で「自分は判断できない」と言えば、部下は自分で判断する必要に迫られる。それが成長になることもあるが、混乱になることも多い。
加減が難しい。全部隠すと信頼されにくい。全部見せると頼りなく見える。適度に見せることで信頼を得る、というのはわかるが、その「適度」の基準が曖昧だ。
完璧を目指さないことを見せる
自分が意識しているのは、全知全能の上司を演じないことだ。
「これは正直わからない」「これは一緒に考えたい」と言える範囲では、素直に言う。迷っていることを隠さず、「ここが悩みどころだ」と共有する。答えを知らないことを認めるのは、弱みを見せるのとは少し違う。完璧を目指していないことを見せる、に近い。
感情についても同じだ。「今日は疲れている」くらいは言ってもいい。「完璧に元気なマネージャー」を演じ続けるより、時々は素の自分を見せた方が、部下にとっても近寄りやすい。
ただ、ネガティブな感情を部下にぶつけるのとは違う。疲れているとは言うが、機嫌の悪さを出さない。判断に迷うとは言うが、投げやりにはならない。その一線を守ることで、人間味と信頼の両立ができるのではないかと思う。
チームの前で「常にポジティブ」を演じ続けていないだろうか。
そして、その疲れを吐き出せる場所は、どこかにあるだろうか。
1. 感情労働はコストがかかる。でも見えにくい
ネガティブな感情を抑えることはマネジメントの一部だが、それ自体が消耗になる。抑え続けていれば、どこかで吐き出す必要がある。吐き出し先にも制約があるから、複数の場を使い分ける。
2. 完璧を目指さないことを見せる
全部隠すと信頼されにくい。全部見せると頼りなく見える。「これはわからない」「ここが悩みどころだ」と完璧ではないことを示すことで、人間味と信頼を両立させる。ただし、ネガティブな感情を部下にぶつけるのとは違う。
もう少し深く知りたい人へ
感情労働の概念は、社会学者アーリー・ホックシールドが1983年の著書『管理される心』で提唱した。ホックシールドはフライトアテンダントの労働を分析し、身体を使う肉体労働、頭を使う頭脳労働と区別して、感情を使う感情労働があることを示した。
感情労働には「表層演技」と「深層演技」がある。表層演技は、本心とは違う感情を表情や態度で演じること。深層演技は、本心そのものを仕事に合わせて変えようとすること。どちらも消耗するが、表層演技の方がストレスや燃え尽きと結びつきやすいとされる。本音と表に出す感情のギャップが大きいほど、感情労働のコストは高くなる。
本文で触れた「完璧を目指さないことを見せる」は、リーダーシップ研究では「認知的な透明性(cognitive transparency)」や「謙虚なリーダーシップ(humble leadership)」と関連する概念として論じられている。エドガー・シャインらは、不確実性の高い環境では、リーダーが全てを知っているふりをするより、知らないことを認めて一緒に考える姿勢の方が、チームの学習と信頼を生むと指摘している。
参考文献
- A・R・ホックシールド 『管理される心——感情が商品になるとき』
- エドガー・シャイン 『謙虚なリーダーシップ』