前と同じことを形式的にやろうとする

部下に経験を積ませた。一つ目の案件をこなし、二つ目も乗り越えた。成長しているはずだ。

でも、三つ目の案件で気になることが起きた。前回と同じやり方を形式的にやろうとしている。状況が違うのに、前回の手順をそのまま適用しようとする。

手順は覚えた。でも「なぜそうしたか」を理解していないから、状況が変わったときに応用が効かない。経験は積んだが、学びにはなっていない。

どこまで理解しているのか、正直わからないことがある。

経験学習サイクル

教育心理学者のデイヴィッド・コルブは、経験から学ぶプロセスを4つの段階で説明した。「経験学習サイクル」だ。

具体的経験 → 振り返り → 概念化 → 実践。この4つが回ることで、経験が学びに変わる。

大事なのは、経験しただけでは学びにならないということだ。経験の後に「なぜうまくいったのか」「なぜ失敗したのか」を振り返り、そこから一般化できるパターンを抽出し、次の実践に適用する。このサイクルが回って初めて、経験が能力に変わる。

前回と同じ手順をそのまま繰り返す部下は、「経験」と「実践」の間を直接つないでしまっている。振り返りと概念化が抜けている。だから手順は再現できるが、応用はできない。

成功のときこそ振り返る

振り返りというと、失敗の反省をイメージしがちだ。でも、成功のときこそ振り返りが大事だと思っている。

失敗は心に刻まれる。痛みがあるから、何がまずかったかを自然と考える。でも成功は「うまくいった」で流してしまいやすい。なぜうまくいったかを理解していないと、次に再現できない。

「前回と同じようにやれば大丈夫」という感覚は、成功体験の振り返りが不足しているサインだ。前回うまくいった理由を理解していれば、状況が違ったときに「前回とここが違うから、やり方を変えるべきだ」と判断できる。

振り返りは形式化する

振り返りの場は設けていた。案件が終わるたびに、何がうまくいったか、何が課題だったかを話す時間を取っていた。

ただ、正直なところ、何回か繰り返すうちに形式的になってきた。質問もマンネリ化するし、案件自体にも慣れてくる。「前回と同じです」「特にありません」で終わることが増えた。

振り返りの仕組みを作っても、運用が形式化すると意味がなくなる。仕組みがあること自体が安心材料になり、「やっている」ことで満足してしまう。

問いかけの質を変える

形式化を防ぐには、問いかけの質を変える必要がある。

「何がうまくいった?」「何が課題だった?」は最初は有効だが、繰り返すとマンネリになる。代わりに、状況の違いに焦点を当てる問いかけが効く。

「前回と今回で、何が違った?」「前回のやり方をそのまま使えた部分と、使えなかった部分はどこ?」「もし状況がこう変わったら、同じやり方で通用する?」

この問いかけは、手順の再現ではなく、概念化を促す。「なぜそうするか」を考えさせることで、振り返りの質が変わる。

振り返りの場も、内容によって使い分けた方がいい。プロセスの改善や技術的な学びは、チーム全体で共有すると全員の学びになる。一方で、自分の判断ミスや弱みに関わることは、人前だと振り返りにくい。上司との1対1の方が正直に話せる。振り返りの質は、安心して話せる場で決まる。

ただし、上司がずっと問いかけ続けるのも現実的ではない。最終的には、部下が自分で問いかけられるようになることが目標だ。「前回と何が違うか」を自分で考える癖がつけば、上司がいなくても学習サイクルが回る。

そのためには、最初は上司が振り返りに付き合うことが大事だと思う。一緒に振り返ることで、「こういう観点で考えるのか」という思考の型を見せる。問いかけの仕方自体が、部下にとっての学びになる。何度か一緒にやるうちに、部下が自分で「前回と何が違うか」を考え始めたら、徐々に手を離していく。

部下に経験を積ませたとき、「なぜうまくいったか」を一緒に振り返っているだろうか。

特に成功したとき、「うまくいった」で終わらせていないだろうか。

月曜から試せるヒント

1. 経験しただけでは学びにならない。振り返りと概念化が必要

手順を覚えることと、なぜそうするかを理解することは違う。成功のときこそ「なぜうまくいったか」を振り返る。理解があれば、状況が変わっても応用できる。

2. 振り返りの問いかけを変え続ける

「何がうまくいった?」は繰り返すとマンネリ化する。「前回と今回で何が違った?」「同じやり方で通用するか?」と問いかけの質を変える。最初は上司が一緒に振り返り、思考の型を見せる。部下が自分で問いかけられるようになったら手を離す。

もう少し深く知りたい人へ

経験学習サイクルは、デイヴィッド・コルブが1984年の著書で体系化した。コルブはジョン・デューイ、クルト・レヴィン、ジャン・ピアジェの学習理論を統合し、「具体的経験」「省察的観察」「抽象的概念化」「能動的実験」の4段階で経験学習を説明した。

コルブの理論で重要なのは、4段階すべてを経ることで学習が成立するという点だ。経験だけ(ステージ1のみ)では学びにならず、振り返り(ステージ2)を経て概念化(ステージ3)し、次の実践(ステージ4)で検証して初めてサイクルが完結する。本文で触れた「手順は再現できるが応用できない」部下は、ステージ1からステージ4に直接飛んでいる状態と言える。

本文で触れた「成功のときこそ振り返りが大事」は、組織学習の研究でも支持されている。成功バイアスと呼ばれる現象で、人は成功すると「やり方が正しかった」と結論づけ、それ以上の分析をしない傾向がある。しかし、成功の原因には実力だけでなく、環境要因や運も含まれる。成功を振り返らないと、再現可能な要素と偶然の要素を区別できない。

また、振り返りが形式化する問題は、ドナルド・ショーンの「省察的実践」の概念で説明できる。ショーンは、専門家の学習は「行為の中の省察(reflection-in-action)」と「行為についての省察(reflection-on-action)」の両方が必要だと論じた。定型的な振り返りの場は「行為についての省察」にあたるが、これが形式化すると学習効果は失われる。

参考文献

  • Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Prentice-Hall.
  • Schön, D. A. 『省察的実践とは何か』