「面接官を複数にすれば公平になる」は本当か

採用面接には複数の面接官を入れるべき——よく聞くアドバイスだ。一人の判断に偏らないように、複数の目で見る。理にかなっているし、多くの会社が実践している。

でも、それだけで本当に公平な評価ができるのだろうか。

私はある面接で、自分のバイアスに気づかされた経験がある。正確に言えば、「気づかされた」のは面接からずいぶん後のことだった。

評価が割れた日

ある候補者の面接を終えた後、評価を共有する場があった。

私はその候補者を高く評価していた。専門的な質問への受け答えがしっかりしていたし、態度もオープンで好印象だった。「この人は良い」と確信に近い感覚を持っていた。

評価会議で、私は「少ない経験の中でも力をつけているように見えた」と説明した。

他の面接官の反応は、「及第点かな。即決するほどでもないし、落とすほどでもない」というものだった。否定はされなかった。でも、自分ほど推してはいなかった。

なぜだろう。温度差が少し引っかかった。

でも、そのときは深く考えなかった。「自分の方が専門性を理解しているから、良さがわかるのだろう」。そう思って終わりにした。

逆のケースもあった

思い返すと、逆のこともあった。

別の候補者に対して、私はあまり良い印象を持てなかった。特に大きな問題があったわけではないが、「なんとなく合わない」という感覚があった。

ところが、他の面接官はその候補者を高く評価していた。

そのときも、「自分の見方が正しい」と思っていた。相手の良さがわかっていないのは他の面接官の方だ、と。

ずっと、自分が正しいと思っていた

どちらのケースでも、評価が割れたことへの違和感は少しあった。でも、それ以上は考えなかった。「自分は公平に見ている」と信じていたからだ。

それから時間が経った。

あるとき、ハーバード・ビジネス・レビューの論文を読んでいて、手が止まった。「How (Un)ethical Are You?」というタイトルの記事だった。

そこには、人が無意識のうちに陥る倫理的なバイアスが紹介されていた。その一つが「内集団ひいき」だった。

人は、自分と似た属性を持つ人を、無意識に高く評価する傾向がある。出身大学、前職、専門分野、年齢——何でもいい。「自分に近い」と感じると、好意的に見てしまう。逆に、自分と違う属性を持つ人には厳しくなる。しかも、本人はそのことに気づかない。

読んでいるとき、自分がこのバイアスに当てはまるとは思っていなかった。私は公平に評価している、と信じていたからだ。

でも、読み進めるうちに、あの面接のことが頭をよぎった。

高く評価した候補者には、私との共通点があった。経歴やバックグラウンドに重なる部分があり、話していて「わかる」と感じる場面が多かった。

厳しく見た候補者には、その共通点が少なかった。

点と点がつながった感覚があった。引っかかっていたのは、これだったのかもしれない。「専門性を正しく評価した」のではなく、「似ているかどうか」で見ていた可能性がある。

厄介なのは、気づけないこと

内集団ひいきが厄介なのは、無意識に起きることだ。

面接には採点表があった。項目ごとに評価する仕組みになっていた。でも、振り返ると、結局は印象が点数を支配していたのかもしれない。仕組みがあっても、バイアスは防げなかった。

私は「専門性で評価した」「雰囲気が合わなかった」と思っていた。論理的な理由があると信じていた。でも実際は、「似ている」という要素が評価を左右していた可能性がある。そして、それに気づくまで長くかかった。

論文によれば、75%以上の人が何らかの無意識バイアスを持っているという。そして、ほとんどの人は「自分は公平だ」と信じている。

私もそうだった。評価が割れたとき、「相手が見落としている」とは思っても、「自分が偏っている」とは思わなかった。

バイアスは消せない。でも、自覚はできる

正直なところ、この経験の後に面接の機会があったわけではない。だから「これで改善できた」という話はできない。

ただ、一つ思うことがある。バイアスを完全に消すことはできなくても、「自分にはバイアスがかかっている」と自覚して臨むだけで、違うのではないか。

「自分は公平に見ている」と信じている人は、評価が割れても「相手が間違っている」と思う。でも、「自分にもバイアスがあるかもしれない」と思っている人は、少なくとも立ち止まれる。

完璧な評価はできない。でも、「なぜ自分はこの人を良いと思ったのか」「なぜ合わないと感じたのか」を問い続けることはできる。

月曜から試せるヒント

1. 評価が割れたとき、「自分が正しい」と思う前に立ち止まる

相手が見落としているのではなく、自分が何かを見すぎている (あるいは見落としている) 可能性を考える。「なぜ自分はこの評価をしたのか」を言語化してみる。

2. 「なんとなく良い/合わない」を具体的な言葉にする

「雰囲気が良い」「なんか違う」で終わらせない。どの発言が良かったのか、何が引っかかったのか。具体化すると、バイアスに気づきやすくなる。


面接で「この人、なんか良い」と感じたとき、その直感はどこから来ているだろうか。

似ているから、ではないだろうか。


もう少し深く知りたい人へ

内集団ひいきは、社会心理学で長く研究されてきた現象だ。人は自分が属する集団 (内集団) のメンバーを、そうでない人 (外集団) よりも好意的に評価する傾向がある。これは意図的な差別ではなく、無意識のうちに起きる。

本文で触れた「How (Un)ethical Are You?」は、ハーバード・ビジネス・スクールのBazermanらが2003年に発表した論文だ。彼らはマネージャーが無意識に陥る4つの倫理的バイアスを指摘している。内集団ひいきの他に、暗黙の偏見、功績の過大評価、利益相反がある。

興味深いのは、内集団ひいきは「似ている人を優遇する」だけでなく、「似ていない人に厳しくなる」という形でも現れることだ。本文で触れた2つのケースは、まさにこのバイアスの表裏だった。

彼らによれば、こうしたバイアスへの対策は3つある。(1) データを集めて自分の判断パターンを客観視すること、(2) 環境を整えて多様な人と接する機会を増やすこと、(3) 意思決定のプロセスを広げ、異なる視点を取り入れること。本文で触れた「評価を言語化する」は (1) に、「複数の面接官を入れる」は (3) に該当するが、それだけでは不十分であり、バイアスの存在を自覚することが出発点となる。

参考文献

  • Banaji, M. R., Bazerman, M. H., & Chugh, D. (2003). How (Un)ethical Are You? Harvard Business Review, 81(12), 56-64.

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