進捗報告の前日、資料を開いて手が止まった
部下が作ったプロジェクトの進捗報告資料をレビューしていた。翌日の定例会議で使う資料だ。相手部署の管理職も出席する。
資料を読んでみると、書いてあることは間違っていない。数字も事実も合っている。ただ、ToDoリストのような構成になっていた。「○○完了、△△は遅延、次は□□を実施予定」。やったこと・起きていること・やることが並んでいるだけで、背景や目的との接続がない。
管理職レベルが知りたいのは、「このプロジェクトは狙い通り進んでいるのか」「うちの部署は何をすればいいのか」だ。ToDoリストではそれが伝わらない。
致命的なミスではない。聞かれたら口頭で補足できるレベルだ。今日中に直す時間もある。ただ、本人は「できました」と持ってきている。
あなたが上司なら、どうするか。
パターン1: 指摘して直させる — 報告の質を優先する
ストーリーのつながりが弱い箇所を指摘する。「この課題と次のアクションの間に、なぜこのアクションなのかを入れた方がいい」「相手部署に依頼するなら、その理由が先に来ないと伝わらない」。方向性を示して、直してもらう。
この判断の背景にあるのは、報告の場が持つ意味だ。
進捗報告は単に状況を伝える場ではない。相手部署の管理職がいるなら、そこでの見え方がその後の協力関係に影響する。内容が良くても、見せ方で「なんとなく進めているのか?」と思われたら損だ。特にプロジェクトの初期は、まだ信頼関係ができていない。最初の数回の報告で「しっかり考えて進めているチームだ」と思ってもらえるかどうかは、その後の仕事のしやすさに直結する。
また、報告の「型」を見せること自体に教育的な意味がある。ToDoリストと、背景や目的を踏まえた報告は、何が違うのか。指摘して直させることで、管理職に向けた報告はどういう構成にすべきかを体験的に学べる。
ただし、ここには落とし穴もある。学生時代、論文を書くたびに教授に直された経験がある。何度出しても赤が入る。そのうち、自分で書いてもどうせダメだろうと思うようになった。今、自分が部下に対して同じことをしていないかが気になる。それはパターン2の話に続く。
パターン2: このまま出させる — 部下の学びを優先する
あえて指摘せず、本人の資料で報告させる。
パターン1で触れた「落とし穴」はこういうことだ。上司が毎回構成を指示していると、部下は「構成は上司が考えるもの」だと学習する。次も同じように持ってきて、同じように指摘を待つ。直し方を教えるほど、自分で考えなくなるという逆説が起きる。パターン2はこの逆説を回避する判断だ。
ToDoリスト型の資料で報告すると、相手部署の管理職から「で、うちは何をすればいいの?」と質問が飛ぶ。口頭で補足する羽目になる。少し苦い経験だが、その体験は上司に100回指摘されるより記憶に残る。
それに、上司が気になった部分を相手がまったく気にしないこともある。実際に出してみて問題なく通ったら、それは「今のレベルで十分だった」という情報になる。直させていたら、その情報は永遠に得られない。
ただし、リスクはある。相手部署の管理職が「このプロジェクト、大丈夫か?」と感じたら、その印象はしばらく残る。部下個人ではなく、チーム全体の評価として受け取られる。部下の学びのために、チームの信用を賭けていることになる。
何が判断を分けるか
どちらを選ぶかは、いくつかの変数で変わる。
部下の年次や成長段階。入社1〜2年目で、部署横断の報告自体が初めてなら、まず型を教える段階だろう。パターン1で「管理職に向けた報告はこういう構成にする」と見せる方が親切だ。ある程度経験を積んだ部下なら、自分で痛い目を見て学ぶ段階かもしれない。
部下との関係性。自分の直属の部下で、長期的に育成する立場なら、どちらのパターンを選んでも後の振り返りまでセットで設計できる。一方、プロジェクトだけの関係で、普段は別の上司がいる相手なら、細かい構成まで口を出すのは越権になりかねない。その場合、指摘するにしても範囲は絞った方がいい。
ミスの性質。事実や数字の誤りなら修正一択だが、今回のようなストーリーの問題は「間違い」ではなく「わかりにくさ」だ。上司が直すと、上司のストーリーに矯正されるだけで、部下の構成が間違いだったとは限らない。構成や見せ方の問題は、指摘するほど上司の好みの押しつけになるリスクがある。
こうした変数がある中で、自分が最も重視するのはプロジェクトのフェーズだ。
初期で相手部署との信頼関係がまだないなら、資料の質を優先すべきだ。最初の数回で「しっかりしたチームだ」という印象を作ることが、その後の協力を引き出す土台になる。信頼を積み上げるフェーズで、あえてリスクを取る理由はない。
逆に、中盤以降で関係ができているなら、多少の粗は「いつもちゃんとやっているから事情があるんだろう」と受け止めてもらえる。信頼の貯金がある状態なら、部下の学びに使う余裕が生まれる。
報告が終わった後の方が大事
どちらを選んでも、報告の後に振り返りがなければ一回きりの出来事で終わる。
パターン1で直させた場合は、「なぜこの順番の方が伝わるか」を翌日以降に説明する。報告直前では「早く直さなきゃ」が先に立って頭に入らない。
パターン2でそのまま出させた場合は、「今日の報告、自分ではどうだった?」と聞く。上司の評価を伝える前に、本人の認識を聞く。ここにズレがあるなら、そのズレ自体が次の成長ポイントになる。
この場面で、あなたならどちらを選ぶだろうか。
そしてその判断は、プロジェクトの今のフェーズに合っているだろうか。
1. 同じ「気になる点」でも、状況によって介入すべきかは変わる
部下の年次、関係性、ミスの性質、プロジェクトのフェーズ。変数は複数あるが、特にフェーズの影響が大きい。信頼関係の構築段階なら資料の質を優先し、関係ができた後なら部下の学びに賭ける余地が生まれる。
2. 直した後・出した後に、振り返りを入れる
直させた場合も、そのまま出させた場合も、振り返りがなければ一回きりで終わる。報告が終わって落ち着いたタイミングで、本人の認識を聞くことから始める。
もう少し深く知りたい人へ
本文の「部下の状態に応じて対応を変える」という考え方は、ハーシーとブランチャードの「状況対応型リーダーシップ(SL理論)」で体系化されている。SL理論では、部下の「能力」と「意欲」の組み合わせによって、4つのリーダーシップスタイルを使い分ける。能力も意欲も低い段階では「指示型」(具体的に何をどうするか伝える)、意欲はあるが能力が追いついていない段階では「コーチ型」(方向を示しつつ対話で支える)、能力はあるが意欲や自信が不安定な段階では「支援型」(判断は任せつつ相談に乗る)、両方が高い段階では「委任型」(任せて見守る)。本文のパターン1はコーチ型に近く、パターン2は支援型〜委任型に近い。重要なのは、SL理論ではこのスタイルの選択がタスクごとに変わるとされている点だ。同じ部下でも、慣れた業務では委任型が適切で、初めての業務では指示型やコーチ型が適切になる。
「上司が毎回直すと、部下が自分で考えなくなる」という現象は、セリグマンの「学習性無力感」の枠組みで説明できる。セリグマンは当初、犬を使った実験で、自分の行動が結果に影響しない状況を繰り返し経験すると、状況が変わっても行動を起こさなくなることを示した。その後、人間にも同様のメカニズムがあることが確認されている。職場の文脈では、「自分なりに考えて構成しても、毎回上司に直される」という経験が繰り返されると、「構成を工夫しても意味がない」という認知が形成され、最初から上司の指摘を待つ受動的な姿勢が定着するリスクがある。
「致命的でない失敗を経験させる」というアプローチは、エドモンドソンの心理的安全性の研究とも接続する。エドモンドソンは失敗を3つに分類している。予防可能な失敗(プロセスの逸脱)、複雑さに起因する失敗(未知の要因の組み合わせ)、知的な失敗(仮説検証の結果としての失敗)。学びにつながるのは主に後者の2つであり、予防可能な失敗は学びよりも損害が大きい。本文の場面に当てはめると、事実や数字の誤りは予防可能な失敗に近く、修正一択だ。一方、ストーリーの構成は「この見せ方で伝わるか」という仮説検証の要素がある。パターン2で出させてみることは、知的な失敗の機会を意図的に作る行為と言える。
参考文献
- Hersey, P., & Blanchard, K. H. (1977). Management of Organizational Behavior
- Seligman, M. E. P. (1990). Learned Optimism
- Edmondson, A. C. (2018). 『恐れのない組織』