「今度こそ変わる」。キックオフミーティングでは全員が前のめりで、スライドには希望に満ちた言葉が並ぶ。それから半年。気づけば誰もその話をしなくなっている。「あの施策、どうなったんだっけ?」と誰かが言い出す気まずい空気。

変革が「最初だけ」で終わる。マネージャーなら一度は経験する、あるあるではないだろうか。

なぜ変革は消えるのか

ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コッターは、100社以上の変革事例を研究し「変革の70%は失敗する」という現実を突きつけた。

彼が提唱した「8段階変革モデル」の中で、私が最も見落とされがちだと感じるのがステップ6「短期的成果を実現する」だ。

簡単に言えば、大きな成功を待つな。小さな勝利を早く見せろ、ということ。

変革が消える原因は、多くの場合「効果が見えるまで時間がかかりすぎる」ことにある。

当たり前だが、時間が経てば熱量は冷める。キックオフ直後の熱気は、何もしなければ1ヶ月で半減する。半年後の成果を夢見ている間に、周囲の関心は薄れ、懐疑派の声が大きくなり、推進者自身も自信を失っていく。気づいたときには、誰も旗を振っていない。

技術交流ミーティングで学んだこと

以前、5人ほどのチームで「技術交流ミーティング」を始めたことがある。

背景はシンプルだった。似たような案件を別々にやっているメンバーが多く、情報共有ができていなかった。「あの人がやってたアレ、知ってれば楽だったのに」という声が何度か上がっていた。

そこで毎週30分、技術や仕事の情報を共有する場を設けた。

正直、最初は不安だった。「忙しいのに」「何を話せばいいかわからない」という空気が漂っていたのも事実だ。

ただ、いくつかのことを意識した。中でも一番大事だったのは、「小さな成功」を早く作ることだ。それ以外にも、以下の3つを心がけた。

まず、全員参加を必須にしたこと。「参加できる人だけ」にすると、忙しい人から抜けていき、結局コアメンバーだけの内輪の会になる。それを避けたかった。

次に、リーダーである自分が毎回参加したこと。「大事だと言っておいて、自分は出ない」では説得力がない。

そして、内容を縛りすぎなかったこと。技術の深い話でなくてもいい。自分の仕事内容の共有でもいい。相談でもいい。ハードルを下げることで、発言しやすい空気を作りたかった。

結果として、このミーティングは半年から1年続き、良い情報交流の場になった。

「小さな成功」はいつ来たか

振り返ると、手応えを感じたのは始めてから数週間後のことだった。

あるメンバーが、自分から相談を持ち込んできたのだ。

それまでは「今週は何を共有しますか?」とこちらから促していた。でもその日は違った。「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」と、自発的に議題を持ってきた。

些細なことかもしれない。でも、私にとってはこれが「小さな成功」だった。

この瞬間、「やらされている」から「使っている」に変わった。受け身だった場が、能動的な場になった。

この変化を周囲も感じ取ったのだと思う。その後、他のメンバーも自然と相談や共有を持ち込むようになった。

さらに嬉しかったのは、他のチームが真似し始めたことだ。「あのミーティング、うちでもやりたい」と声がかかった。自分たちの取り組みが、チームの外にまで広がった瞬間だった。

小さな成功は、内側の熱量を保つだけでなく、外側にも伝播する。

月曜から試せること

変革を始めるなら、最初に決めておくべきことがある。

「30日以内に見せられる成果は何か?」

前述の通り、時間が経てば熱量は冷める。1ヶ月が一つの目安だ。それまでに何か見せられなければ、周囲の関心は別のところに移っている。

大きな成果である必要はない。むしろ、小さくていい。

新しい会議体なら「誰かが自発的に議題を持ってくる」かもしれない。新しいツールなら「1人でも『便利だ』と言う人が出る」かもしれない。新しいプロセスなら「1回でもスムーズに回る」かもしれない。

大事なのは、その成果を誰に、どう見せるかまで考えておくこと。

成果が出ても、誰にも伝わらなければ意味がない。懐疑派は「やっぱりダメだった」と思い込むし、推進派も「続ける意味あるのかな」と不安になる。

小さな勝利を、ちゃんと勝利として見せる。それが変革を「最初だけ」で終わらせないコツだ。


大きな変革は、小さな成功の積み重ねでできている。

今あなたが進めている変革、最初の30日で見せられる成果は何だろうか?


もう少し深く知りたい人へ

なぜ「小さな成功」がこれほど効くのか。心理学的には、2つのメカニズムが働いている。

1つは社会的証明。人は「他の人もやっている」と感じると動きやすくなる。誰かが自発的に相談を持ち込んだ瞬間、他のメンバーは「ああ、そういう使い方でいいんだ」と思う。最初の1人が関わり方の「正解」を示すことで、周囲のハードルが下がる。

もう1つはコミットメントと一貫性。人は一度「これはうまくいっている」と認めると、その認識と矛盾する行動を避けようとする。小さな成功を「成功」として認識した瞬間、「続けない」という選択が心理的に難しくなる。

私の経験でも、他のチームが真似し始めたのは、彼らが「あれはうまくいっている」と認めた証拠だった。そして一度そう認めると、自分たちも試さないと一貫性が保てなくなる。

小さな成功は、単なる進捗報告ではない。周囲の認知を変え、行動を変えるトリガーなのだ。

ちなみに、この「小さく早く成果を見せる」という考え方は、ITの世界ではPoC(概念実証)やアジャイル開発として日常的に実践されている。分野は違えど、根底にある思想は同じだ。

参考文献

  • ジョン・コッター『企業変革力』(原著:Leading Change, 1996)
  • ロバート・チャルディーニ『影響力の武器』(原著:Influence: The Psychology of Persuasion, 1984)