「ちょっとお願い」が積み重なる
他部署や同僚から「ちょっとお願いしたいんだけど」と言われる。できるし、やった方がいい。だから受ける。感謝される。短期的には組織に貢献している。
でも、気づいたら半年が経っていた。中長期で取り組むはずだった技術探索のテーマが、何も進んでいない。目の前の仕事はこなしている。周りからも感謝されている。でも、本来やるべきだったことに時間を使えていない。
機会コストという見えないコスト
経済学に「機会コスト」という概念がある。何かを選ぶことは、別の何かを捨てること。ある選択をしたとき、その時間やリソースで他にやれたはずのことの価値が、機会コストだ。
「ちょっとお願い」を受けた瞬間、その時間で本来やれたことを失っている。ただ、失ったものは目に見えない。お金の支出は帳簿に残る。でも「やれなかったこと」の価値は、どこにも記録されない。だから、コストを払っている自覚がない。しかも中長期のテーマは金額に換算しにくい。「ちょっとお願い」を受けた工数は計算できる。でも、技術探索が半年遅れたことの価値は、いくらなのか。計算できないから、コストとして認識されない。
「やったこと」は見えるが「やれなかったこと」は見えない
これが機会コストの厄介なところだ。
「ちょっとお願い」を受けた成果は見える。感謝される。実績になる。一方、後回しにした中長期テーマは、今日やらなくても誰にも怒られない。明確な締切がないからだ。
でも、緊急ではないことと重要ではないことは違う。中長期のテーマは緊急ではないが重要だ。チームの仕組みづくり、育成、戦略的な取り組み。どれも今日やらなくても困らない。でも半年やらなければ、確実に困る。
短期的には組織に貢献していても、中長期的な目標を見失っている。機会コストの請求書は半年後にしか届かない。届いたときには、取り戻すのが難しくなっている。
「できるからやる」は判断ではない
振り返ると、自分の中に「できるならやった方がいい」という感覚があった。善意だし、間違いではない。実際にやれば成果が出る。感謝もされる。
でも「できるからやる」は判断ではない。判断とは、「やることで何を失うか」を考えた上で決めることだ。「できる」と「やるべき」は違う。できることすべてをやっていたら、時間はいくらあっても足りない。
ただ、話はそう単純でもない。「ちょっとお願い」を受けることで築ける信頼もある。引き受けたからこそ、次に自分が困ったときに助けてもらえる。断り続ければ、短期的な関係性を失う。これも機会コストだ。
だからこそ、受けるか断るかを「なんとなく」ではなく「判断」にする必要がある。それに、本当に強固な信頼関係なら、理由を伝えて断ったくらいでは壊れない。
割り込みに対する2つの問い
最近は、割り込みの依頼が来たときに、2つのことを考えるようにしている。
一つ目は、「これは中長期的に価値があるか」だ。
短期的に感謝されることと、中長期的に価値があることは違う。今この依頼を受けることで、半年後の自分たちにとってプラスになるか。それとも、その場の関係性を維持するためだけの仕事か。
二つ目は、「自分のチームがやるのが最適か」だ。
できるからといって、自分たちがやるべきとは限らない。他にもっと適した人やチームがいるかもしれない。「自分たちがやれば早い」は事実かもしれないが、早くできることとやるべきことは違う。
この2つの問いに両方Yesなら、受ける価値がある。どちらかがNoなら、断るか、他の人に振ることを考える。
断ることに抵抗がないわけではない。同僚や他部署との関係を考えると、自分からは言いにくい場面もある。そういうときは、上司の力を借りるのも一つの手だ。上司に状況を共有して、断ってもらう。あるいは「上司にNGと言われた」という形にする。自分で全部を引き受ける必要はない。
「何でも受ける人」ではなく「判断して受ける人」になる方が、中長期的にはチームにとっても組織にとっても良い結果になると思っている。
「ちょっとお願い」を受けるたびに、何が後回しになっているだろうか。
そしてそれは、半年後に取り戻せるだろうか。
1. 「やったこと」は見えるが「やれなかったこと」は見えない
「ちょっとお願い」の成果は見える。でも、それによって後回しになった中長期テーマの価値は見えない。機会コストの請求書は半年後に届く。
2. 割り込みには「中長期的に価値があるか」「自分たちがやるのが最適か」で判断する
「できるからやる」は判断ではない。両方Yesなら受ける。どちらかがNoなら、断るか他に振ることを考える。
もう少し深く知りたい人へ
機会コストは経済学の最も基本的な概念の一つだが、直感的に理解しにくい概念でもある。行動経済学者のシェイン・フレデリックらの研究によると、人は意思決定の際に機会コストをほとんど考慮しないことがわかっている。ある実験では、「このステレオを1,000ドルで買うか」と聞かれた群と、「このステレオを1,000ドルで買うか、それとも1,000ドルを他のことに使うか」と聞かれた群で、購買判断が大きく変わった。機会コストを明示的に提示されないと、人はそれを考えない。
本文で触れた「緊急ではないが重要なこと」が後回しになる現象は、スティーブン・コヴィーが『7つの習慣』で「第二領域」として体系化している。コヴィーは仕事を「緊急/緊急でない」と「重要/重要でない」の2軸で整理し、「緊急ではないが重要なこと (第二領域) 」に時間を使えるかが長期的な成果を決めると指摘した。「ちょっとお願い」の多くは「緊急だが重要度が低い (第三領域) 」に分類される。第三領域の仕事は、やればやるほど忙しくなるが、成果には繋がりにくい。
機会コストが見えにくい理由は、心理学的にも説明できる。人は「得ること」より「失うこと」に敏感だ (損失回避) 。しかし機会コストは「目に見えない損失」であるため、損失回避が働かない。目の前の依頼を断ることは「関係性を失う」という目に見える損失になるが、中長期テーマが進まないことは「目に見えない損失」だ。目に見える損失を避けるために、目に見えない損失を払い続ける。これが「断れない」の構造だ。
参考文献
- Frederick, S., et al. (2009). Opportunity Cost Neglect. Journal of Consumer Research, 36(4), 553-561.
- スティーブン・R・コヴィー 『完訳 7つの習慣——人格主義の回復』