「この人、協力的だな」

あるプロジェクトで、現場のことを詳しく知る必要があった。

担当者に声をかけて、現場の業務について教えてもらうことになった。忙しいはずなのに、丁寧に時間を取って説明してくれた。質問にも嫌な顔ひとつせず、「他に聞きたいことがあれば言ってください」とまで言ってくれた。

ありがたかった。そして、「この人は協力的な人だな」と思った。

いい関係性が築けている。そう感じていた。

振り返ると、先に与えていた

後になって気づいたことがある。

その担当者のチームには、以前、ちょっとした業務改善を手伝ったことがあった。毎日の作業が少し楽になる程度のものだ。

大きな改善ではない。でも、毎日のことだから、積み重なると馬鹿にならない。「助かっています」と言われたことは覚えている。

当時、私は「現場のため」にやったつもりだった。見返りを期待していたわけではない。そもそも、その後に別のプロジェクトで協力をお願いすることになるとは思っていなかった。

でも、振り返ると、先に価値を提供していた。

逆の経験もあった

思い返すと、自分が「受けた側」の経験もあった。

入社直後、いろいろなことを教えてくれた先輩社員がいた。業務のことだけでなく、社内の動き方や、誰に聞けばいいかなど、細かいことまで丁寧に教えてくれた。

その後、その先輩と一緒に仕事をする機会があった。何か頼まれたときは、できるだけすぐに対応するように気をつけていた。

意識していたわけではない。でも、振り返ると、「あのとき助けてもらったから」という気持ちがどこかにあったのだと思う。

返報性という言葉を知った

後になって、「返報性」という言葉を知った。人は、何かをしてもらうと、お返しをしたくなる。

振り返ると、自分もそうだったのかもしれない。

「協力的な人だな」「いい関係性が築けている」——そう思っていたのは事実だ。でも、もしかすると、それだけではなかったのかもしれない。

正直なところ、わからない

とはいえ、返報性だけで説明できるとも思っていない。

あの担当者が協力的だったのは、人柄のおかげかもしれない。プロジェクトのステークホルダーだから対応してくれただけかもしれない。私が先輩にすぐ対応していたのも、単に仕事だからやっていただけかもしれない。

実際のところ、どの要素がどれだけ影響していたかはわからない。

ただ、「いい関係性」の背景には、どこかで先に何かをしていた (あるいはしてもらっていた) という事実があった。それは確かだ。

テクニックではない

思うのは、テクニックとして「先に与えよう」と考える必要はない、ということだ。

ただ、目の前の相手のために何かをする。それが積み重なると、いい関係性ができる。そして、いい関係性は、いつか自分を助けてくれる。それだけのことなのかもしれない。

返ってこないこともあるだろう。でも、そもそも期待していないから、気にしないようにしている。期待して与えると、返ってこなかったときに失望する。それは違う気がする。

論文によれば、返報性は人間の根深い心理だという。でも、それを「使う」と考えた瞬間に、何かが違ってくる気がする。

もし誰かに「あのとき助けたじゃん」と言われたら、どう感じるだろうか。たぶん、興醒めする。助けてもらったことへの感謝より、「そういうつもりだったのか」という気持ちが先に来る。

返報性は、意識した瞬間に壊れるのかもしれない。

月曜から試せるヒント

1. 見返りを期待せずに、先に与えてみる

小さなことでいい。相手の仕事を少し楽にする情報を共有する。手が空いたときに手伝う。「いつか返ってくるかも」と思わなくていい。結果として返ってくることがある。

2. 「協力的な人」の背景を考えてみる

誰かが協力的だと感じたとき、その人の人柄だけでなく、自分が過去に何かしていなかったか振り返ってみる。意外と、先に与えていたことがあるかもしれない。


誰かが協力的だったとき、その理由を考えたことがあるだろうか。

もしかすると、自分が先に何かをしていたのかもしれない。


もう少し深く知りたい人へ

返報性は、社会心理学における説得の基本原則の一つだ。人は何かを与えられると、そのお返しをしなければならないという義務感を感じる。これは文化を超えて普遍的に見られる現象であり、人間社会の協力関係を支える根本的な仕組みの一つとされている。

本文で触れた「Harnessing the Science of Persuasion」は、CialdiniがHarvard Business Reviewに2001年に発表した論文だ。彼はリーダーが使える6つの説得原則を紹介している。返報性の他に、好意、社会的証明、一貫性、権威、希少性がある。

返報性の興味深い点は、与える側が見返りを期待していなくても働くことだ。また、受け取る側も「お返しをしなければ」と意識していなくても、無意識のうちに協力的になる傾向がある。本文で触れた2つの経験は、まさにこの無意識の返報性の例だった。

もう一つ注目したいのは、返報性を引き起こすのに大きな行為は必要ないということだ。Cialdiniが挙げた例では、小さな贈り物を添えた寄付依頼が、添えなかった場合と比べて大幅に高い寄付率を記録した。本文で触れた業務の時間短縮も、大きな改善ではなかった。でも、毎日の積み重ねが返報性を生んだ可能性がある。

参考文献

  • Cialdini, R. B. (2001). Harnessing the Science of Persuasion. Harvard Business Review, 79(9), 72-79.

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