「お前、部下に厳しいよな」

上司に言われたことがある。責めているわけではない。雑談の延長のような口調だった。

自覚はあった。自分は部下に厳しい方だ。でも、しっかり育てたいから甘やかしたくはない。身内の自分が厳しくして、お客さんから褒められる。その方がメンバーにとって圧倒的に価値がある。そう思っている。そのために自分が嫌な役を引き受けることに、抵抗はない。

この考え自体は、今も変わっていない。

「できて当たり前」という基準

振り返ると、自分には一つの前提がある。言ったことができるのは当たり前。だから、できても特に反応しない。できていなければ指摘する。

これは自分自身にも当てはめている基準だ。良いフィードバックをもらうと、むしろ「甘やかされている」と感じる。100点はないのだから、指摘がないのは相手が手を抜いているのだと思ってしまう。

厳しさの結果はどうだったか。メンバーは食らいついて成長し、一人前になりつつある。だから、この方針は間違っていないと思っている。

ただ、一つ気になることがある。

厳しさ「だけ」では届かない

厳しくすることが間違いだとは思っていない。基準を高く持つことは大事だし、実際にメンバーは育っている。

ただ、厳しさ「だけ」で押し通すと、メンバーには「何がダメか」しか伝わらない。自分の中では、フィードバックはフェアなつもりだった。できていなければ指摘する。できていれば——特に何も言わない。でもメンバーから見ると、「ダメ出しはされるが、認められることはない」と映っている可能性がある。

心理学では「ネガティビティ・バイアス」と呼ばれる現象がある。人はネガティブな体験をポジティブな体験より強く記憶する。つまり、指摘1回と承認1回では、受け手の印象はフェアにならない。自分がフェアなつもりでも、受け手にはネガティブ寄りに感じられている。

「何ができていないか」だけでなく「何ができているか」も伝える。そうしないと、メンバーは自分の現在地がわからない。どこまで来ているのかわからないまま、「まだ足りない」だけが積み重なる。

「褒める」と「認める」は違う

正直、褒めるのは苦手だ。「よくやったね」「すごいね」と言うのは、自分の性格に合わない。それに、安易に褒めれば基準が下がる。甘やかしになる。その感覚は今もある。

でも、「褒める」と「認める」は違う。

「褒める」は評価だ。「あなたはよくやった」。ここにはYouが主語にある。

「認める」は事実の確認だ。「この提案書の構成、前回より整理されていた」「先週の会議の説明、要点が絞れていたね」。主語はYouではなく、具体的な事実だ。

最近学んだことだが、これはネガティブなフィードバックでも同じだ。「あなたはできなかった」ではなく「この資料のここ、数字の根拠が抜けていた」。事実を伝える。主語をYouではなく事実にする。そうすると、褒めるでも叱るでもなく、現状を共有する行為になる。

事実ベースで伝えるなら、甘やかしにはならない。基準を下げる必要もない。「ここはできている。ここはまだ足りない」。両方を事実として伝えるだけだ。

最近、資料の確認をしているときに、良かった点を伝えてみたことがある。いつもなら指摘だけして終わるところだ。

メンバーはすごく喜んでいた。

正直、驚いた。自分にとっては事実を伝えただけだ。大げさなことをしたつもりはない。でも、それだけの反応があったということは、裏を返せば、普段どれだけ「認められていない」と感じていたかということだ。

自分が嫌な役を引き受ける覚悟があるなら、もう一つ引き受けてもいいのかもしれない。「認める」という、自分にとっては不慣れな役割を。

部下ができていることに、最後に反応したのはいつだろうか。

「ここはできている」と、事実として伝えたことはあるだろうか。

月曜から試せるヒント

1. 「できて当たり前」は自分の基準であって、メンバーの基準ではない

自分にとっての「当たり前」は、メンバーにとっては努力の結果かもしれない。「何ができていないか」だけでなく「何ができているか」を伝えることで、メンバーは自分の現在地がわかる。

2. 「褒める」が苦手でも「認める」はできる

「あなたはよくやった」は評価。「ここがこうなっていた」は事実の確認。主語をYouではなく事実にすれば、甘やかしにはならない。ポジティブもネガティブも、事実ベースで伝える。

もう少し深く知りたい人へ

本文で触れたネガティビティ・バイアスは、心理学者のロジンとロイズマンが体系的に研究した現象だ。人はポジティブな情報よりネガティブな情報に強く反応し、長く記憶に残す。これは進化的には理にかなっている。危険を見逃すコストは、機会を見逃すコストより大きいからだ。

しかし、マネジメントの文脈では、このバイアスが厄介な結果を生む。上司が「フェアに」フィードバックしているつもりでも、受け手にはネガティブ寄りに感じられる。指摘と承認を同じ回数行っても、受け手の印象は対等にならない。厳しさに自覚がある上司ほど、この非対称性を意識しておく必要がある。

本文で触れた「主語をYouではなく事実にする」という方法は、フィードバック研究において「行動ベース・フィードバック」として知られている。「あなたは優秀だ/ダメだ」という人格への言及ではなく、「この行動がこの結果を生んだ」という事実に基づく伝え方だ。組織心理学者のエドウィン・ロックとゲイリー・レイサムの目標設定理論でも、効果的なフィードバックの条件として「具体的であること」「行動に紐づいていること」が挙げられている。

この方法がポジティブにもネガティブにも使える点は重要だ。「あなたはよくやった」は曖昧で、受け手は何が良かったのかわからない。「この提案書の構成が、前回より論理的になっている」なら、何が評価されているかが明確で、再現できる。同様に、「あなたはダメだ」は人格否定になりうるが、「この部分の数値に誤りがあった」なら、修正すべき行動が明確になる。

参考文献

  • Rozin, P., & Royzman, E. B. (2001). Negativity Bias, Negativity Dominance, and Contagion. Personality and Social Psychology Review, 5(4), 296-320.
  • Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation. American Psychologist, 57(9), 705-717.