「ちょっといいですか」が言えない相手がいる

10人弱のチームで、半分はほぼ毎日出社している。残りの半分は、出社とリモートが半々くらいだ。コロナ以降にリモート勤務が定着し、そのまま続いている。

業務は回っている。会議はオンラインで全員参加できるし、チャットでのやりとりにも問題はない。大きなトラブルが起きているわけではない。

ただ、出社していると、隣の席の人に「ちょっといいですか」と声をかけられる。チャットで「お時間いいですか」と打つより、圧倒的に軽い。5秒で始まる相談と、メッセージを打って既読がつくのを待つ相談は、同じようで違う。リモートの人にチャットを送った後、既読がついたかを何度も確認している自分に気づくことがある。対面なら声をかけた瞬間に始まるやりとりが、チャットでは「待ち」の時間に変わる。

その差は小さい。一回一回は大したことではない。でも、それが毎日積み重なると、出社組同士の方が自然と情報が共有されやすくなる。リモート組が悪いわけでも、出社組が意図的に排除しているわけでもない。ただ、物理的に近い方が接点が増える。それだけのことだ。

自分は出社する方が好きだ。対面の方がちょっとした相談がしやすいからだ。でも、自分がそう感じているということは、リモートの日が多いメンバーは、その「ちょっとした相談」の輪に入りにくくなっている可能性がある。

あなたが上司なら、どうするか。

パターン1: 意図的にリモート組との接点を増やす — 公平性を優先する

リモートと出社の接点の差を仕組みで埋める。全員の出社日を揃える、リモート組との1on1の頻度を上げる、オンライン雑談の場を作る。何らかの手段で、物理的な距離が生む情報格差を小さくしようとする。

この判断の背景にあるのは、放置すれば差は開く一方だという認識だ。

出社組同士では、ランチや移動中の雑談で「実はあの件、こう考えているんだけど」という話が自然に起きる。会議のアジェンダには載らない情報が、オフラインの接点で共有される。リモート組はその場にいない。アジェンダに載った情報は届くが、「アジェンダに載る前の情報」には触れる機会が少ない。

ただし、以前チームで出社日を揃えたことがあった。全員が同じ日にオフィスに来れば、自然と対面の接点が増えるはずだった。実際には、その日に打ち合わせが集中的に入った。全員がオフィスにいるなら対面で会議をやろう、となる。結果、出社日は会議で埋まり、「ちょっとした相談」のための余白はあまり増えなかった。

仕組みを作ること自体は間違いではない。ただ、仕組みを入れたからといって自動的に問題が解消するわけではない。仕組みの「中身」を設計しないと、既存のやり方がそのまま対面に移るだけで終わる。

パターン2: 業務に支障がなければ自然に任せる — 自律性を優先する

今の状態で業務が回っているなら、あえて介入しない。出社日を揃えたり、オンライン雑談の場を設けたりといった施策は打たない。

この判断の背景にあるのは、無理に接点を作ると逆効果になるリスクだ。

出社日を揃える施策は、リモートを選んでいるメンバーにとっては自由度の制限になる。リモートを選んでいる理由は人によって違う。通勤時間の節約、集中できる環境、家庭の事情。それぞれの事情で最適な働き方を選んでいるのに、「接点を増やしたいから出社して」と言われると、施策の意図とは関係なく、押しつけに感じる人が出る。

オンライン雑談の場も、自然に始まらなければ形骸化しやすい。「毎週水曜15時からオンライン雑談タイム」と設定しても、話すことが特にない回が続けば、参加しなくなる。雑談は本来、話題があるから始まるものであって、時間を確保したから生まれるものではない。

また、「温度差がある」と感じているのは上司の側かもしれない。リモート組のメンバー自身は、特に困っていない可能性もある。チャットで十分だと感じている人に「もっと接点を増やそう」と言っても響かない。上司が感じている問題と、メンバーが感じている問題は一致しないことがある。

何が判断を分けるか

いくつかの変数がある。

チーム内の情報共有の実態。出社組だけで重要な話が進んでいる場面があるかどうか。「あの件、昨日オフィスで話したんだけど」とリモート組が知らない前提で会話が進んでいるなら、接点の差が情報格差になっている。業務に支障がなさそうに見えていても、リモート組が自分で情報を取りに行くことでカバーしているだけかもしれない。表面的に回っていることと、本当に問題がないことは違う。

評価や意思決定に影響が出ているか。これは本人たちからは見えにくい。出社している人の方が日常的に目に入るので、無意識に評価が高くなるリスクがある。目の前で頑張っている姿を見る機会が多い人と、成果物でしか仕事ぶりが見えない人。同じアウトプットでも印象が変わる可能性は否定できない。自分のチームでそれが実際に起きているかは正直わからない。ただ、「起きていないと確信できるか」と問われると、確信は持てない。

チームの構造と成熟度。自分から情報を取りに行ける人が多いチームなら、仕組みで接点を増やす必要性は低い。逆に、待ちの姿勢のメンバーが多いなら、仕組みがないと情報格差が広がる。また、他の拠点のメンバーとの打ち合わせが多いチームでは、出社していても一日の大半がオンライン会議になる。その場合、隣の席にいることの優位性は薄れる。「出社 vs リモート」が本質的な問いなのか、それともチームの自律性や業務構造の問題なのか。そこを見極めてから判断しても遅くない。

こうした変数がある中で、自分が最も気にしているのは、「問題が見えていないだけかもしれない」という不確実性だ。業務が回っている、支障はない。それは事実だ。でも、接点の差が生む小さなズレは、表面化するまで時間がかかる。気づいたときには「なんとなくリモート組が情報から遠い」という状態が定着していて、そこから修正するのは難しい。

だから、問題が見えていない段階でも、完全に放置するのではなく、小さく観察する仕組みは持っておきたい。1on1でリモート組に「情報が足りないと感じることはあるか」を定期的に聞く。それだけでも、見えない問題が表面化するきっかけにはなる。

やり方より「余白」の設計が先

パターン1を選ぶにしても、出社日を揃えただけでは「ちょっとした相談」は増えなかった、という先述の経験は示唆的だ。

足りなかったのは接点の「量」ではなく「余白」だったのだと思う。会議と会議の間に30分の空きがあれば、そこで自然に雑談が起きる。出社日を揃えるなら、その日は会議を減らす方がいい。接点を増やす施策を入れるときは、施策そのものよりも、施策が機能するための余白をセットで設計する必要がある。

あなたのチームでは、リモート組と出社組の間に、見えにくい情報格差が生まれていないだろうか。

そしてそれは、「問題がない」のではなく、「まだ見えていないだけ」かもしれない。

月曜から試せるヒント

1. 接点の差は、意図しなくても情報格差になりうる

出社組同士で共有される「アジェンダに載る前の情報」に、リモート組は触れにくい。業務が回っているように見えても、リモート組が自力でカバーしているだけかもしれない。定期的に「情報が足りないと感じることはあるか」を聞くだけでも、見えない問題に気づくきっかけになる。

2. 接点を増やすなら、「余白」をセットで設計する

出社日を揃えても、その日が会議で埋まれば気軽な相談は増えない。接点の「量」ではなく、接点が機能するための「余白」を意識する。会議の少ない日に出社を揃える、1on1の前後に雑談の時間を確保するなど、余白から設計する。

もう少し深く知りたい人へ

本文で触れた「物理的に近い方が自然と接点が増える」現象は、心理学では「単純接触効果(mere exposure effect)」として知られている。ザイアンスが1968年に提唱した理論で、人は繰り返し接触するものに対して好意的な態度を形成しやすいとされる。もともとは広告や人物写真に対する好感度の研究から始まったが、職場の文脈にも応用される。出社組同士は廊下ですれ違う、ランチで隣に座る、会議室で一緒になるといった接触が日常的に積み重なる。リモート組との接触はオンライン会議に限られやすく、接触の頻度そのものに差が生まれる。

「目の前にいる人を無意識に高く評価しやすい」という傾向は、「近接性バイアス(proximity bias)」と呼ばれる。出社して目の前で仕事をしている人の努力は目に入りやすい。リモートで同じだけの成果を出していても、プロセスが見えない分、印象に残りにくい。リモートワークの普及に伴い、人事評価における近接性バイアスの影響が議論されるようになった。本文で「起きていないと確信できるか」と問うたのは、このバイアスが意識的に気づきにくい性質を持つためだ。評価者自身が公平に評価しているつもりでも、接触頻度の差がバイアスとして働いている可能性がある。

出社日を揃えたが余白がなく効果が薄かった、という体験は、「構造的空隙(structural holes)」の概念と接続する。ロナルド・バートは、ネットワーク内で異なるグループをつなぐ「橋渡し」の位置にいる人が情報優位を持つと示した。出社日を揃える施策は、リモート組と出社組の間の構造的空隙を埋める試みと言える。しかし、物理的に同じ場所にいるだけでは橋渡しは起きない。非公式なやりとりが生まれる余白がなければ、構造的空隙は残ったままになる。

参考文献

  • Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2), 1-27.
  • Burt, R. S. (1992). Structural Holes: The Social Structure of Competition.