他人の目があると集中できる

自分は、他人の目がある方が集中できるタイプだ。

オフィスで周りに人がいると、適度な緊張感がある。見られているわけではないが、「仕事をしている場」にいること自体が集中を後押しする。自宅で一人だと、つい気が散る。

一方で、開発のような集中を要する仕事は、自宅の方が捗る。話しかけられないし、自分のペースで没頭できる。

出社の方がいい仕事と、一人の方がいい仕事がある。そして、それは人によっても違う。

社会的促進と社会的抑制

心理学に「社会的促進」と「社会的抑制」という概念がある。

社会的促進は、他人の存在によってパフォーマンスが上がる現象。見られていると張り切る、人前だと力を発揮する。社会的抑制は、その逆。他人の存在によってパフォーマンスが下がる。緊張して普段の力が出ない、見られていると萎縮する。

興味深いのは、同じ状況が人によって促進にも抑制にもなることだ。上司が同席する会議で、張り切る部下もいれば、萎縮する部下もいる。オープンオフィスで集中できる人もいれば、落ち着かない人もいる。

環境が同じでも、受け取る側によって効果が反転する。

フリーアドレスのオフィスで、重役の近くの席になったことがある人の話を聞いた。「重役が隣にいると緊張して仕事が進まない」という人がいた。一方で、「滅多に話せない重役と話せる貴重な機会だ」と捉える人もいた。同じ席、同じ重役。それが抑制になるか促進になるかは、人によって違う。

自信がないと抑制が起きやすい

アウトプットが苦手な部下を見ていると、能力がないわけではないことがほとんどだ。しっかり考えている。ただ、うまく伝えられない。人前になると、自信がなくて力が出ない。

これは社会的抑制だと思う。他人の目が、パフォーマンスを下げている。

こういう部下には、事前に準備をしっかり見てあげることが有効だ。発表の前に内容を一緒に確認し、「これで大丈夫」という感覚を持たせる。準備ができているという安心感が、社会的抑制を和らげる。少なくとも発表はなんとかなる。質疑はまた別の問題かもしれないが、まず発表を乗り越える経験を積むことが第一歩だ。

放置と管理の加減

自分は放置されたいタイプだ。数日から一週間くらい放置されて、その中でいかにアウトプットできるかというゲームだと思って取り組んでいる。自由にやれる期間が、自分にとっては促進になる。

以前、部下にも同じようにしていたことがある。実務はある程度任せて、細かく口を出さない。自分がそうされたいから、部下にもそうした。

ある日、自分の上司から言われた。部下から相談があったらしい。もっとしっかり面倒を見てほしい、と。

自分の感覚を部下に当てはめていた。自分にとっての促進が、部下にとっては放置だった。手を離すべき段階の前だったのだと思う。

その後、やり方を変えた。実務についてはある程度任せつつ、客先とのやり取りにはもっと積極的に入るようにした。全部を管理するのではなく、部下がまだ一人では不安な部分に絞って関わる。

方向性を一つずつ確認してほしいという人もいた。放置すると不安になり、「これで合っているのか」が気になって手が止まる。確認できることが安心になり、安心がパフォーマンスを上げる。その人にとっては管理が促進になる。

徐々に手を離す

ただ、ずっと細かく管理し続ければいいかというと、それも違う。

最初は100確認するとしても、徐々にそれを減らして自立させていくことが上司の役目だ。たとえば、最初はコードレビューを全てやっていたのを、テスト項目の確認だけにする。段階的に手を離していく。

ここに難しさがある。上司が全てやってしまうと、部下が育たなくなる。でも、急に突き放しても成長はできない。管理しすぎると抑制になり、放置しすぎても不安になる。

その加減は、部下の状態を見ながら調整するしかない。同じ部下でも、経験を積むにつれて最適な距離は変わっていく。半年前は細かく見てあげる必要があった部下が、今は放置した方が力を発揮するかもしれない。

結局、部下のことを理解することが出発点だ。何が促進になり、何が抑制になるか。それを知るためのコミュニケーションが必要になる。

ただ、常に部下にとって快適な環境を提供することが正解ではない。成長のためには、ときには意図的に負荷をかけることも必要だ。一人では不安な場面にあえて送り出す。準備は一緒にやるが、本番は任せる。それは抑制ではなく、成長の機会だ。その判断ができるのは、部下のことを理解しているからこそだと思う。

部下にとって、あなたの存在は促進になっているだろうか、抑制になっているだろうか。

そして、半年前と今で、その距離は変わっているだろうか。

月曜から試せるヒント

1. 同じ環境が促進にも抑制にもなる

他人の存在でパフォーマンスが上がる人もいれば、下がる人もいる。自分の好みで一律に管理しない。部下のタイプに合わせて距離を変える。

2. 管理から放置へ、段階的に手を離す

最初は細かく見る。徐々に減らして自立させる。管理しすぎると育たないが、急に突き放しても成長できない。部下の状態を見ながら加減を調整する。

もう少し深く知りたい人へ

社会的促進の研究は、心理学の中でも最も歴史が古い。1898年にノーマン・トリプレットが、自転車競技で他の選手と一緒に走ると記録が向上することを示したのが最初の実験とされている。

その後、ロバート・ザイアンスが1965年に「覚醒理論」を提唱し、社会的促進と社会的抑制を統一的に説明した。他人の存在は生理的覚醒を高める。覚醒が高まると、よく習熟したタスク(簡単なタスクや得意なこと)ではパフォーマンスが上がるが、習熟していないタスク(難しいタスクや不慣れなこと)ではパフォーマンスが下がる。

本文で触れた「アウトプットが苦手な部下」は、この理論で説明できる。発表という行為にまだ習熟していない段階では、他人の目が覚醒を高め、パフォーマンスを下げる。事前準備で「これで大丈夫」という感覚を持たせることは、タスクの習熟度を疑似的に上げる効果がある。

本文で触れた「徐々に手を離す」は、教育心理学では「足場かけ(Scaffolding)」として知られている。ヴィゴツキーの「最近接発達領域」の概念に基づき、学習者が一人ではできないが支援があればできるタスクを段階的に任せていく手法だ。支援を徐々に減らすことを「フェーディング」と呼ぶ。本文のコードレビューの例は、このフェーディングの実践例と言える。

参考文献

  • Zajonc, R. B. (1965). Social Facilitation. Science, 149(3681), 269-274.
  • Vygotsky, L. S. 『思考と言語』