「自分でやった方が早い」
プロジェクトの初期段階。流れを作る仕事がある。関係者との調整、方向性の確認、最初の一歩を踏み出すための根回し。
「部下にはまだ任せられない」 「自分の人脈を使った方がいい」
そう判断して、自分で引き取る。合理的な判断だ。実際、自分でやった方が早いし、確実だ。
でも、それを複数の案件でやっていると、どうなるか。
気づけば自分がボトルネックになっている。自分が動かないと、何も進まない。
モンキーとは何か
古典的な経営論文に「Who’s Got the Monkey?」というものがある。ここで言う「モンキー」とは、次のアクションを取る責任のことだ。
部下が「ちょっと相談が…」と来る。上司が「考えておくよ」と言う。この瞬間、モンキーは部下の背中から上司の背中に飛び移る。次に動くべきは上司になった。
「自分がやる」と言っても同じだ。モンキーは自分の背中に乗る。
一匹なら問題ない。でも、同じことを繰り返していると、気づけば背中にモンキーが何匹も乗っている。身動きが取れなくなる。
プロジェクト初期の仕事を引き取り続けた
以前、まさにこの状態に陥ったことがある。
複数のプロジェクトが並行して動いていた。どのプロジェクトも、初期の流れを作る仕事が必要だった。関係者への最初のアプローチ、方向性のすり合わせ、キーパーソンとの関係構築。
この手の仕事は、自分でやった方がうまくいく自信があった。社内の人脈もある。誰にどう話せば通りやすいかもわかっている。部下にやらせると時間がかかるし、うまくいかないかもしれない。
だから、引き取った。「ここは自分がやる」と。
一つ目のプロジェクトでは問題なかった。でも、二つ目、三つ目と同じことをしていくうちに、回らなくなった。気づけば5件くらいの案件が溜まっていた。自分のところで仕事が滞留する。プロジェクトの計画が遅れる。関係者への返信が遅れる。残業しても終わらない。
まずい、と思った。
「正しい判断」の落とし穴
振り返ると、引き取った判断自体は間違っていなかった。
確かに、自分でやった方が早かった。部下に任せていたら、もっと時間がかかったかもしれない。一つの案件だけを見れば、効率的な判断だった。
でも、自分の時間は有限だ。複数の案件で同じ判断をすれば、すぐに限界が来る。
短期の効率を優先すると、長期でボトルネックになる。「自分でやった方が早い」は、一つの案件では正しくても、組織全体では正しくないことがある。
途中から任せることにした
結局、途中から一部を任せることにした。
最初から全部任せるのは難しい。でも、「ここまでは自分がやる、ここからは任せる」と線を引くことはできる。初回の顔合わせだけ自分が行き、その後のやり取りは部下に任せる。方向性だけ握って、具体的な調整は委ねる。
最初は不安だった。自分がやった方がうまくいくのに、という気持ちは残っていた。実際、任せてからもヒヤヒヤした。自分ならこうするのに、と思う場面もあった。
でも、まあなんとかなった。自分と同じやり方ではないが、結果は出た。完璧ではなくても、プロジェクトは前に進んだ。
何より、自分の背中からモンキーが減った。他のことに時間を使えるようになった。
そしてもう一つ、予想していなかったことがあった。任せた部下が成長した。
最初は自分がやった方がうまくいくと思っていた。実際、最初のうちはそうだったかもしれない。でも、任せることで部下は経験を積んだ。次のプロジェクトでは、前よりスムーズに動けるようになっていた。
引き取り続けていたら、この成長はなかった。自分が抱え込むことで、部下の経験する機会を奪っていたのだと気づいた。
月曜から試せるヒント
1. 「自分でやった方がいい」と思ったら、一度立ち止まる
その判断は、一つの案件だけを見ていないか。同じ判断を他の案件でもしていないか。全部引き取ったとき、自分の時間は足りるか。
2. 全部任せなくていい。一部だけ渡す
「任せる」は「全部任せる」ではない。最初の顔合わせだけ自分がやる、方向性だけ握って調整は委ねる。そういう分け方でいい。一部でもモンキーを渡せば、自分の負荷は減るし、部下の経験にもなる。
あなたの背中に、モンキーは何匹乗っているだろうか。
そのうち、部下に任せられるものはないだろうか。
もう少し深く知りたい人へ
「モンキー」の概念は、1974年にハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたWilliam Oncken Jr.とDonald L. Wassの論文「Management Time: Who’s Got the Monkey?」に由来する。この論文はHBR史上最も読まれた記事の一つとなり、1999年にはStephen R. Coveyのコメントを加えて再掲載された。
Onckenらは、マネージャーの時間を3つに分類している。「上司に要求される時間」「組織のシステムに要求される時間」「自分で生み出す時間」だ。このうち、自分で生み出す時間の一部が「部下に奪われる時間」になる。部下からモンキーを引き取るたびに、この時間が増えていく。
Coveyは再掲載時のコメントで、単にモンキーを返すだけでは不十分だと指摘している。部下にモンキーを任せるには、まず部下をエンパワーメントする必要がある。それは簡単ではなく、信頼関係の構築と部下の育成が求められる。本文で触れた「途中から一部を任せる」というアプローチは、このエンパワーメントの第一歩と言える。
参考文献
- Oncken, W., Jr., & Wass, D. L. (1999). Management time: Who’s got the monkey? Harvard Business Review, 77(6), 178–186.